キセワタガイ

特徴

(写真:2019年5月中旬、三番瀬で採集。大きさ約3cm。なんと形容してよいのか分からない見た目をしている。写真右斜め下が前方となる)

レア度:★★★★★★☆☆☆☆ 軟体動物門 腹足綱 真後鰓目 頭楯亜綱目 キセワタガイ科 学名:Philine orientalis 英名:? よく見られる季節:5~9月?

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どの程度まで大きくなるかはわからないが、大きさ3cmほどのものをよく見かける。初めてこいつを発見した時はその見た目から「なんじゃコイツは!!」と驚いたものだ。ナマコ?でもない、貝?でもない、ウミウシ?でもなさそうだ。というわけで、他人に本種を説明する時にとても困る姿をしている(何と形容していいか分からない)。

キセワタガイは分類的に大まかなくくりでいうと、巻貝などと同じ「腹足綱(ふくそくこう)」の生物で、その中でもウミウシなどが含まれる「後鰓亜綱(こうさいあこう)」にグループ分けされている。さらにその中の「頭楯亜目(とうじゅんあもく)」という、頭部に盾のようなものを持つ生物の一種だそうだ

本種は体の後方の皮の中に薄い殻が埋まっており、これは昔、巻貝であった時の名残らしい。つまり「巻貝のくせに貝殻は持たず、ウミウシのような形態をしているが、頭部には盾があり、背中には巻貝だった頃の名残の殻が埋まっている生物」と私は理解している(無理やり)。

頭部の盾(頭楯)はヘラ状をしており、これを器用に動かして砂の中に潜る。また砂に浅く潜った状態で移動している場面も目撃した。

ファンシーな見た目に反して、「アサリ」など二枚貝の稚貝を大量に食べる。時に大発生してアサリ漁業に被害を与えることもあるらしい。

(2020年1月)

(2024年5月)

(2025年5月)

横から見たキセワタガイ。なんと形容していいのか分からない姿かたちをしている。何となく某ロボットアニメの使徒が思い浮かんだ(第6使徒ね)。目盛りは5mm
体を大きく曲げるキセワタガイ。右側が前方で、左側の黄色い部分の上の方に殻が埋まっている。殻は白色半透明でちょうど人差し指の爪のようなサイズ。殻の片側はひどい巻き爪のように内側に巻いている。そして非常に薄く割れやすい(写真を撮ろうとしたら割ってしまったので写真が無い)。目盛りは5mm
こちらは2025年4月下旬に、三番瀬で採集された別個体の体の後端を撮影したもの。でっかい穴が開いている。肛門、総排泄口のようなものだろうか? いつも開いているわけでなく、時々理由は不明だが開く
こちらは飼育中のキセワタガイが産んだ卵塊(2025年5月上旬)。高さ1.5cmほど。花瓶のような形をしており、砂上にくっついて水流に揺られていた。この時の水温は23℃前後。自身の体サイズに対してこれだけの大きさの卵塊を、週3回ペースぐらいで産んでいた
卵塊を拡大すると、小さな卵が糸状に連なってグルグル巻きになり、卵塊を形成している。また卵以外の部分は透明なゼラチン質。水槽内で観察していて分かったことだが、この卵塊、様々な生物のエサにもなるようだ。食べたのを確認できたのは「ユビナガホンヤドカリ」「コウワンミノウミウシ?」。あと「イッカククモガニ」のメス個体も、食べていたかは不明だが、この卵塊にかなりの執着を示していた

卵塊をピンセットで持ち上げて見ると、そこから粘液の糸が垂れ下がり、そこに底砂の小石が付着していた。これで砂上に卵塊を固定するのか? 粘液の糸は結構丈夫で粘着力も高く、ピンセットから振り払うのに苦労した

採集する

(写真:砂に潜ろうとしているキセワタガイ。三番瀬にて)

砂地に生息しており、砂に浅く潜っていることも多いので、タモ網で海底を引きずると砂と一緒に捕れることがたまにある。

また水中を観察していると、海底の砂がほんの少し盛り上がり、その部分が動いていることがある。そこを掘り返すと見つかる。動きは遅いので見つけさえすれば採集は簡単。

採集したキセワタガイ。体の表面には粘液のようなものがあり、砂が付着している。刺激を与えると体を縮める

飼育する①

(写真:移動するキセワタガイ。写真左側が前方になる。(ウチの)水槽内だと砂から出て頻繁に移動していた)

2022年4月下旬にたまたま採集できたので、自宅水槽で飼ってみた。

水槽の環境は水温20~23℃、比重1.023、底砂は粗めのサンゴ砂を10cm敷き、その上に田砂を2cmほど敷いてある(詳しくは「自宅水槽3号」を参照)。

水槽に入れた当初は、やはりというか予想通り、田砂の中に潜って姿を消した。「このまま時々砂から出てくる感じかな?」と思っていたが、翌日には砂から出て水槽のガラス面にくっつきグングン移動する姿が。移動速度もなかなか(ナメクジぐらいか?)。

目的があるのか無いのか分からないが、かなり頻繁に移動を繰り返す。時には水槽の一番上の方まで登り、そのあと何を思ったか、ヒュルルル~と落下したりしていた。砂に潜っている時と外に出ているときの比率は半々といったところだ(ちなみにかなり粗めのサンゴ砂にも潜ることは可能)。当時の水槽内に攻撃的な生物がいなかったのも、このような行動ができた理由の1つかもしれない。

「意外と飼えるもんだな」と思っていたのも束の間、このキセワタガイ、エサを食べてくれない。自然下では小型の貝類を捕食するらしいので、冷凍アサリのミンチなどを与えてみたが、食べる様子がない。キセワタガイの鼻先にエサを落としてやっても、無視して通り過ぎる。やっぱり生きた「アサリ」などの稚貝でないとダメなのだろうか?

ただこのキセワタガイ、その後1か月程度生存した。もしかしたら私の見ていない場所で、何かしらのエサを食べていたのかもしれない。また詳しい人に尋ねたところ「自分の体を自己消化してエネルギーを賄っているのかもしれない」と言っていた。確かに、採集したときと比べると、1か月経った後では体のサイズが大分縮んでいた。

水槽のガラス面に張り付くキセワタガイ。こちらに見えているのは腹面だ
気のせいだろうか? キセワタガイが砂中から姿を現すと、様々な生物がそれに近づいてくるような気がする(「アラムシロ」が水管を振りながら急接近してきた)。いい匂いでも発しているのだろうか?

飼育する②

(写真:底砂の中に浅く潜ってじっとしているキセワタガイ。明らかに砂粒が大きすぎるが、潜る)

2025年4月下旬に採集されたキセワタガイ2個体を、自宅水槽5号で飼育して約1ヵ月が経過したので、その歩みをまとめてみる。

 

まず環境は30cm虫かご水槽(自宅水槽5号)で底砂はサンゴ砂の細目を3cmほど。水温は20~26℃で大きな問題はないようだ。比重1.023。混泳生物は5mmサイズのヤドカリ類、巻貝の「アラムシロ」「ウミニナ」「コロモガイ」、あとは小型の「イッカククモガニ」。底砂中にはヒモムシ類やミズヒキゴカイ類がポツポツ。まぁ平和な水槽だ。

 

水槽に投入するとすぐに砂に潜る。サンゴ砂の細目では明らかに砂粒が大きすぎるが、あまり問題はなさそう。基本的に写真のように浅くしか潜らないのでどこにいるかはバレバレである。

飼い始め当初は砂から出て水槽の壁を這いずりまわったりしていたが、そのうちそういうこともしなくなり、砂に潜って長時間い動かず、気が付けば違う場所に移動している。地味である。

 

飼育開始から1週間経つと、エサのことが心配になってきた(体もなんだか縮んできたし)。エサとしてよく知られる「アサリ」の稚貝や「ホトトギスガイ」を手に入れるのは大変だしどうしようかと思案していたところ、デスク横にあるスルメが目に入った(カニ釣り実験のために買った)。

3cmほどにちぎったスルメを水槽に投入する。おぉ、思ったよりよく沈む。スルメが着底すると、しばらくして匂いを嗅ぎつけた「ユビナガホンヤドカリ」たちが突進してくる。続いて「アラムシロ」、遅れて「イッカククモガニ」がスルメに食いついた。

 

「やはりダメか…」と思っていると、砂がモリモリと盛り上がりキセワタガイが姿を現した!! 明らかにいつもとは違う行動。スルメの匂いに反応している。しかしスルメがどこにあるのか上手く察知できないのか、スルメとは違う方向へ進んで行く。3分ほどかかってようやくスルメにたどり着く。

 

「おおおおお!!食ってる、食ってるよ!!」

スルメに口と思われる部分を押し付けて、控えめにモグモグとしている。貝でなくても食うのかぁと関心していると、キセワタガイはスルメから既に離れていた。あまり好みでなかったのか、硬くて食えないのか詳細は不明だが、モグモグとしていた場所に噛み跡のようなものがあるのが確認できた。

 

これは…いけるかもかもしれない…!!!!

 

(つづく)

キセワタガイは飼育下で何を食うのか?

(写真:クリル(オレンジ色をした乾燥させたオキアミ)に向かってくるキセワタガイと、その他自宅水槽5号の住人たち(キセワタガイは写真中心))

上の項でキセワタガイがスルメに反応することが分かったので、他にどんなものを食べるのか実験してみることにした。

ただこれはあくまで「自宅水槽5号という自然とはかけ離れた環境」かつ「(おそらく)空腹状態であるキセワタガイ」という条件を組み合わせたものであり、これが本来の生態を反映しているかは謎ということをあらかじめ伝えておきたい。

ではいきなりだが、実験結果を発表する。

 

①「合食 肴selection 焼きさきあたりめ」

ダイソーで購入した普通のスルメ。匂いに反応し、接近 & 噛むような動作をしたが、食べるというより「味見にかじってみた」という様子で、短時間でその場を離れた。スルメには噛み跡のようなものが残っていた。

 

②「テトラ (Tetra) クリル マリン」

みんな大好きクリル。水槽に投入してしばらくすると砂の外に出てきてクリルに急速接近。そして口を押し付けて明らかなモグモグという動作をした。モグモグした時間は1分は超えていただろう。そして一度食うのを止めてどこかへ行き、再び食いに戻って来た。さすがクリル!! と言いたくなったが、食べ残したエサを見て見ると、思ったほどの量は食べていない。微量…という感じ。

 

③「土佐商店 塩無添加 たべるヘルシー小魚」

台所にあった煮干し。5~7cmほどの「カタクチイワシ」を使用している。人間が食べても美味い。これは非常に良い結果となった。匂いが水中に拡散するのにやや時間がかかるが、食いつきやモグモグ時間は断トツの1位。しかも一度食べるのを止めて、再び食いに来るのを3回も繰り返した。ただ、こちらも食いつきっぷりの割に食べた量は…微量であった。

 

④「日清丸紅飼料 おとひめ EP3(2.9~3.3mm)」

養殖漁業にも使われる超有名ペレットタイプの配合飼料。私も三番瀬水槽の飼育にはこれをメインで使っている。人工エサなので反応しないかな? なんて思っていたのも束の間、水槽に投入して割とすぐにキセワタガイが砂上に出現、グングン近づいてきてかぶりついた!! 飲み込むような動作もしたが丸のみはできないようで、口にくわえてエサ粒の表面をハムハムとかじるような感じ。水でふやけるため今までのエサに比べてかなり食べ易そうではあった。しかし、これも食べた量は少ない。

 

動物質のものなら割と何でも口にするのだろうか。自然下では意外とスカベンジャー的な役割も担っていたりして…。実験の結果、飼育するときは手間や水の汚れを考えると「おとひめ」を軽く砕いて与えると良いかもしれないなぁ。

こちらはスルメをかじっている?様子。食べるというより「味見にかじってみた」という様子で、短時間でその場を離れた。スルメには噛み跡のようなものが残っていた
水槽に投入してしばらくすると砂の外に出てきてクリルに急速接近。そして口を押し付けて明らかなモグモグという動作をした。モグモグした時間は1分は超えていただろう。そして一度食うのを止めてどこかへ行き、再び食いに戻って来た
こちらは煮干しに食らいついている様子。この煮干しの原料は5~7cmほどの「カタクチイワシ」だ。匂いが水中に拡散するのにやや時間がかかるが、食いつきやモグモグ時間は断トツの1位。しかも一度食べるのを止めて、再び食いに来るのを3回も繰り返した

 こちらは配合飼料の「おとひめ」を食べている様子(ベージュ色のダンゴ状のもの)。飲み込むような動作もしたが丸のみはできないようで、口にくわえてエサ粒の表面をハムハムとかじるような感じ。水でふやけるため今までのエサに比べてかなり食べ易そうではあった。しかし以上のいずれのエサも食べた量はごくわずかであった…